川端康成『乙女の港』
良かったところ
1.花選び
「エスっていうのはね、シスタア、姉妹の略よ。頭文字を使ってるの。上級生と下級生が仲よしになると、そう云って、騒がれるのよ。」
2.牧場と赤屋敷
「そうよ。きれいな方は、みんなお姉さまに欲しい、誰とでもお友達になりたいって言った、三千子さんのことですもの。」
「知らないッ。」
と、頬を染めて、瞼を落すのを見ると、洋子は、三千子がもう自分ひとりのものになったと、勝利の幸福に胸顫えるのだった。
「裸足になって歩いてもいい?綺麗な草を踏んでみたいの。」
そして脱いだ、白い足袋と濃い臙脂の草履が、くっきり青草のなかに浮ぶのを、洋子は、三千子の可愛い魂の滴りのように眺めながら、少し愁えを含めて
3.開かぬ門
「あたしをよい子にしてよう。あたし、なかなかよい子になれないのよう。ねってば。」
どこかに隠れていて、おねえさまが来たら、いきなりそう言って甘えよう。
顔を見ては、恥しくって、とても言えない。
この思いつきが愉しくって、三千子は荒れた庭のなかで、急に明るくはしゃいだ。
4.銀色の校門
「あたしの女王の三千子さん。」
と、洋子は心にささやいて、一年の子たちが、三千子を女王に選んでくれたことは、自分が学校中の女王になったよりも、嬉しかった。
5.高原
「あら、霧は?伯母さま、霧はどこへ行ったんですの?」
「霧がどこへ行ったって?そんなこと私に聞いたって……。」
星が閃めいている、清涼な高原の夜。
「……お姉さまのことをお祈りしても、まわりの異人さんに分らないから、恥しくないし、ロマンチックでいいの。……まア、羨ましいわ。」
「いやア、読んじゃア。」
三千子は耳まで赤くなった。
「ちがうわ、ちがうわ、ちがうわ。いつものお姉さまの手紙とは、ちがうわ。」
と、三千子は思わず声を立てながら、もう涙ぐみそうだった。
6.秋風
克子が三千子に英語を教える、という下りは、大塚英志が田山花袋「蒲団」を論じる上で語っていた『文体を授けるということで己の支配下に置く』ということがどうしても頭によぎった。
7.新しい家
そりゃ、そうだけれど、ふたりの「しるし」を凋ませないために、毎日、花を新しく取り替える。――そうして萎れた花は、どうするのだろう。
「友愛」を誇るために、毎日花の死骸を棄ててゆくとは、なんだか、愛情のしるしに似合わしくなく、残酷な気がして、三千子は、克子の言うほど、素敵とは思えなかった。
お姉さま、洋子お姉さま、どうぞ三千子に、力を貸して頂戴。
あたしを元の三千子にかえして頂戴。
「だけど、三千子さん、あなただけは……。惜しいの。離したくないの――。もしも、そのあなたまで、今までのあたしの持っていたものといっしょに、あたしから失われてしまうようだったら、どうしましょう!」
対立&仲直り
10.船出の春
「だって、あたし、うぬぼれやさんみたいに聞えると、恥しいから……。」
「大丈夫、大丈夫、どんなに三千子さんが自惚れたって、自惚れ過ぎるとは思わないから。三千子さんは、自惚れてもいいひとなんだから。」
「あらア、なお困っちゃったわ。――あのねエ、お姉さまと克子さんと、仲わるくさせた因が、三千子だと思ってもいいの?」
洋子は笑いながら、こっくりした。